ヒアリング調査を終えて


寺尾剛(岩崎ゼミ3年)


 私の「地元の人にではなくて、都会の人をターゲットにしたらいかがですか?」という問いに店主は少し時間を置いてからこう答えた。「お店の目的は利益ではない。ここで生活していく事が目的なのだ」と。
 この答えに私は驚いた。今まで商売の目的は利益を出すことだと教わってきたからだ。マーケティングや商売活動はあくまで手段であり、最も大事なのは利益を出すことだと多くの本には書いてある。さらに店主はビラ配り、DMなどマーケティングは一切行っていないと言う。こういったスタンスのお店もなかにはあるだろう。もちろんそれが間違っているとは思わない。都会暮らしからの脱却、自然の中で生活をするための手段としてパン屋を営む。間違っているどころか、店主の話を聞いていくうちに私はどんどん自然暮らしに惹かれていった。

 話の中で店主は興味深い事を言った。それは地域通貨の話の最中に、「大事なのはお客様との信頼関係なのだ」と。店主にとってパン屋は生活するための手段であるがパンに対する思い入れは強い。天然塩や天然酵母など材料に対するこだわりはすごい。この店のコンセプトは「心も/身体も/大地も喜ぶ幸せパン」だそうだ。そこには作り手も買い手も皆が幸せになるようにという意味が含まれている。お客様との信頼関係無しに商品は売れないしそれが無ければお客様との関係は長続きしない。これはリレーションシップマーケティングの思想に相通ずる所があると思う。

 また店主は現代の消費者はもはや商品を求めてはいないと言う。この物であふれかえった現代、つまり物ではなく価値を求めているのだと。再び私は驚いた。まさかこんな山奥のパン屋で、しかも目的は利益ではないと断言する店主の口からマーケティングの教科書通りの回答がでてくるとは。

 店主は生活するために皆が幸せになるためにパン屋を営む。マーケティングは行ってないと言い、お客との信頼関係についてとても熱心に語る。もしかすると今まで私はマーケティングの為にマーケティングを勉強していたのかもしれない。マーケティングは手段に過ぎないというのに。きっと私は利益にばかりとらわれすぎていたのだろう。利益を出せば幸せになれるわけではないというのに。

 今回のフィールドワークは私にとってとても有意義なものだった。先の見えない就職活動に少し精神的に参っていた私は店主の貴重な話で元気が出た。いろいろな生き方があるのだ。自分の信じる道を進んで生きたいと思った。
 話をしている時の店主の生き生きとした顔が今も忘れられない。


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